現在の閲覧者数:
 
■義援金募集

FC2「東北地方太平洋沖地震」義援金募集につきまして リンクシェア・ジャパン 東北地方太平洋沖地震 義援金プロジェクト

■ご協力お願いします


YAHOO!からの署名はこちら

■オススメ
■最新の記事
■ブログ内検索

■最近のコメント
■最近のトラックバック
■カテゴリー
■おすすめ2

■プロフィール

管 理人

Author:管 理人
関西在住です。
カテゴリーの説明はこちらです。
このブログに関する注意事項はこちら ※コメントを書かれる方、トラックバックを貼って下さる方は必ずお読み下さいませ。リンク・引用の注意もあります。

■リンク
■RSSフィード
■おすすめ3

アフィリエイト リンクシェア ブログ 携帯対応 成果報酬 広告 テンプレート ブログパーツ マカフィー・ストア マイクロソフトライセンスセンター ソースネクスト

■月別アーカイブ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
【メモ】北朝鮮、人民を大量輸出中?
北方領土に韓国製品が浸透中…朝鮮系住むサハリン経由
FujiSankei Business i. 2007/9/7  TrackBack( 0 )

Click here to find out more!
 北方領土でここ数年、食料品を中心に韓国製品が存在感を増している。択捉島では商店の棚にロシア語に交じってハングルが躍る。韓国人社会があるサハリン(樺太)を経由して大量に流入しているとみられ、距離的には圧倒的に北海道が近いにもかかわらず、同島の店頭に日本製品は見当たらなかった。

 サハリンの人口約53万人のうち4万人が朝鮮人といわれる。1905年のポーツマス条約で北緯50度以南が日本領となった後、多くの朝鮮半島出身者が徴用などでサハリンに渡った。

 しかし、敗戦後は「朝鮮人は日本人ではない」という理由で日本の引き揚げ対象とならず、旧ソ連が資本主義圏の韓国への帰国も認めず「サハリン棄民」と呼ばれる事態が発生した。これに北朝鮮からの出稼ぎや、旧ソ連各国の朝鮮系の人々、その2世、3世が加わり強力な朝鮮系社会を形成。韓国製品流通の拠点となり、北方領土にも流れているようだ。(紗那=択捉島=時事)
http://www.business-i.jp/news/china-page/news/200709070054a.nwc
北朝鮮からEUへ…「強制労働」の実態

旧共産圏のEU諸国4ヵ国で、北朝鮮人が国のために強制労働を強いられている。チェコの靴工場や自動車工場、ポーランドの造船所、そしてルーマニアやブルガリアの町工場。東欧行きに選ばれるのは、金正日体制にとって非の打ちどころのない家族だけだ。だが、収入の8割は国に取られ、休みなく働いても手元には月 20~30ドル程度しか残らないという。
ポーランドのグダニスク造船所では、北朝鮮人の溶接工が毎日12~16時間、土日も休まず働いている。生活は監視され、通勤以外には外出もしない。給料の支払いは北朝鮮系の仲介会社を通しているというが、その会社が公表する住所には部屋ひとつ存在せず、電話も通じない。だが彼らは「労働力の海外派遣」という名目で、合法的にポーランドに来ているのだ。
そもそも北朝鮮強制労働は、90年代半ば、債務返済の代わりに材木伐採の労働力を提供するという北朝鮮の提案に、ロシアが同意したところから始まった。当初、派遣先はロシアだけだったが、現在ではリビアやイエメンなど中東にも送られている。欧州では「人権」を理由に、強制労働をやめさせようという動きもある。

ガゼタ・ヴィボルチャ(ポーランド)より
http://courrier.hitomedia.jp/contents/2007/02/eu.html
北、モンゴルに労働者を大量派遣へ 1000人越す可能性も

.

 【ウランバートル=名村隆寛】北朝鮮が来年からモンゴルに大規模な労働者を派遣することが分かった。ウランバートルの外交関係者が8日、明らかにした。両国政府間ではすでに基本的な協定が出来上がっており、経済制裁などで依然、苦境にある北朝鮮にとって、正式な労働者の受け入れは外貨獲得の格好の機会となりそうだ。

 同関係者によると、モンゴル政府は来年から道路や建築現場などに北朝鮮の労働者を「労働力として正式に招待」するという。労働者の派遣現場や人数については今後、モンゴル側の需要に応じて年内に決めるが、状況に応じて段階的に増やす方針で、将来的には1000人を超す可能性は十分にある。

 モンゴルは近年、経済成長が著しく、2005年の国内総生産(GDP)成長率は6.2%(04年は10.7%)。こうした中、道路などインフラ(社会基盤)整備が急がれており、首都ウランバートルなどでは建築ラッシュが起きている。その一方で、労働者が極端に不足している。

 一方、北朝鮮にとっては外貨獲得のチャンスであり、労働者の派遣・受け入れは「朝蒙双方のニーズが一致したため」(同関係者)という。7月には北朝鮮から金永南最高人民会議常任委員長がモンゴルを公式訪問しており、その際に合意がなされた可能性がある。

 ウランバートルでは外国資本のマンション建設現場ですでに少数の北朝鮮労働者が出稼ぎ労働している。米国務省は昨年6月、「モンゴルで最大200人の労働者が自由に契約を解除できない状態で働かされている」との報告書を発表し、その強制性を指摘した。来年始まる正規の労働者派遣は北朝鮮政府のお墨付きであり、強制性は否定できそうにない。

(2007/09/08 22:03)
http://www.sankei.co.jp/kokusai/korea/070908/kra070908003.htm
北朝鮮とヨーロッパ(前半略)北朝鮮は、ヨーロッパでの活動が盛んだ。
私が赴任してからも数多く取材した。
ドイツ・ベルリンをベースにしたコンピュータ事業。ベルリン郊外からは食用の巨大うさぎも輸入した。金正日総書記の心臓手術をしたのでは?と言われた心臓外科医もドイツ人だった。
オーストリア・ウィーンには数年前まで直営銀行もあった。在ウィーンの北朝鮮大使は、総書記の親戚でもある。
ハンガリー・ブダペストにも進出を目指し、住宅街にこっそり事務所を借りていたりもする。チェコのプラハから車で2時間ほどの小さな村では、北朝鮮から来た出稼ぎの若い女性たちが下着などを作る工場で働いている。
ルーマニアでは北朝鮮へ拉致された可能性が高い女性も見つかっている。
イタリア・ローマには北朝鮮への輸出を専門に扱うビジネスマンもいる。扱う商品はフィアットをコピーした車から高速道路まで様々だ。
フランス・パリには総書記のためにフランス料理を学ぶ北朝鮮からの留学生がいた。講師も極秘で訪朝していたそうだ。
スペイン・バルセロナの郊外には北朝鮮の公式 HPのサーバが設置されている。管理者は、なぜか頻繁に平壌を行き来するスペイン人だ。スイス・ベルンでは総書記の子供たちが学校に通っていた。彼らは皆、英・仏・独語をマスターしている。

欧州での北朝鮮の活動を取材すると、少しずつこの国の考え方、やり方が見えてくる。
すべては総書記一家のため。国連が決議した制裁の網の目をくぐり、利益を求めて、経済活動の幅を広げている。しかし「顔」を知られている国では活動しにくい。ヨーロッパでは北朝鮮のことはあまり知られていないし、言い方は悪いが関心も低い。だから活動しやすい。
笑顔を振りまきながら「祖国は美しくて、いい国なんですよ」と近付いていく。
私はいつも取材先の人に説明する。だまされてはいけませんよ、北朝鮮はヨーロッパでは知られていないことをアジアではやっていて、日本などにとっては脅威なんです。一部の人たちは豊かな生活をしているかもしれませんが、国民の多くが今も食糧難に苦しんでいますよと。
そうすると取材の後しばらくしてお返しが始まる。定期的にかかってくる無言電話。
誰がかけているのか証拠はないが、取材したあとに始まるのが、ある意味、証拠だろう。
別に批判など一度もしたことはない。ただありのままを取材し、放送しているだけだ。
ありのままを放送するテレビ、特に日本のテレビの存在が好ましくないことは事実のようだ。
http://www.kbc.co.jp/news/europe_report/
ロシアに押し寄せる北朝鮮の出稼ぎ労働者たち

記事を聞く

MARCH 20, 2007 07:15


16日午後2時、ロシア・ウラジオストクから陸路で300キロ離れた豆満江(トマンガン)鉄橋。遠く北の方から北朝鮮の貨物列車が姿を現した。ロシア国境を越える列車は、けたたましい警笛と車輪の音を鳴らしていたが、人が早足で歩行する速度の時速5キロでのろのろ近づいてきた。

貨物車につながる4つのコンテナのうち、最初のコンテナには、ロシア産木材が積まれていた。国境地帯で30以上のコンテナをつなげて走るロシアの列車に比べると、みすぼらしい限りだ。

列車が橋を渡ると、豆満江の堤防の南側の北朝鮮軍詰め所から2人の兵士が出てきた。小銃を腰に下げた兵士たちは、雪原に立って豆満江の向こうのロシア側に目を向けながら詰め所周辺を巡回する。銀白色の雪原を背景に、詰め所のそばの黒い鉄柵が目に鮮やかだ。ハサン市のロシア住民たちは、「豆満江を渡って脱出する北朝鮮住民をさえぎるために立てた鉄柵」と説明する。

西の方に目を向けると、稼動を中止したクレーンと下水管が見えた。クレーンの南側には未舗装の2車線道路が作られていた。ロシア人のガイドは、「いつかあの道路がロシアのハサン地域か、中国の琿春と結ばれるだろう」と話した。

ロシアに入った北朝鮮の列車が最初に停車するハサン駅は、国境鉄橋から2キロ離れている。軌道が違うため、大半の北朝鮮の列車はここが終着駅となる。2001年7月、金正日(キム・ジョンイル)総書記がロシアを訪問した際も、ここで専用列車に乗り換えた。

駅の掲示板には、「パスポートと査証をお持ちください」というハングルの案内文がボールペンで書かれていた。約132平方メートルの待合室には、みすぼらしい身なりの北朝鮮労働者30人あまりが集まっていた。待合室の3つの出入り口のうち、2つはカギがかかっていた。ハサン駅の女性駅員に出入り口にカギがかかっている理由を聞いたが、「彼ら(北朝鮮の住民)に聞いてごらんなさい」とにっこり笑うだけだった。

施錠されたドアの方に座っていた4人の労働者は、手垢のついたカードを回していた。離れたところでは2人が向かい合って将棋を差していた。ゲームをしている数人の労働者を除けば、みんな長距離旅行に疲れているようで、待合室に備え付けられている椅子に横たわっていた。5人の北朝鮮幹部が彼らを見つめていたが、ゲームに夢中になっていた労働者たちは、さほど気にしていない様子だった。

金日成(キム・イルソン)バッジをつけた監視員が待合室に入ってくると、室内はしばらく静かになったが、ゲームは続いていた。黒い上着を着た監視員は、みすぼらしい身なりに顔も洗っていない労働者たちとは違い、顔もさっぱりしていた。

待合室を出てタバコを吸っていた3人の労働者に会った。濃い色のジャンパーに帽子をかぶっていた労働者が「平壌(ピョンヤン)から列車に乗って今朝到着した」と話した。

「行き先は決まったか」と聞くと、一行は「ニージュニイ・ノーヴゴロトに行く」と答えた。列車でニージュニイ・ノーヴゴロトまで行くには、途中でシベリア横断列車に乗り換えてさらに8000キロも走らなければならない。

40歳を過ぎたという一人の労働者は、「今夜、ウスリースクで列車を乗り換え、ニージュニイ・ノーヴゴロトの合宿所に行く」と話し、タバコの煙を吐き出した。

彼らのこわばった顔からは、遠く不慣れな土地に行くことへの恐れが見え隠れしていた。ハサンから近いウラジオストクに行けないのが残念だと打ち明けた一人の労働者は、「ニージュニイ・ノーヴゴロトはここより寒いですか」「建設現場の周辺は夜に歩き回っても安全ですか」など、立て続けに質問をしていた。

3人のうち、すり切れた北朝鮮軍服を着た労働者に、「給料は月いくらか」と聞くと、「地元で生活できるくらいは稼げると聞いた」と話した。

3人は、「北朝鮮から旅費を持って来ていない。ロシア・ルーブルは見たこともない」と口をそろえる。記者がポケットにあった300ルーブル(約1万5000ウォン)を分け与えると周りを気にしながら「ありがたくいただきます」と鷲づかみにした。40歳になるという労働者は、記者の年齢を聞いて、急に「ヒョン(兄貴)」と呼んだ。

10分あまり、一緒にタバコを吸いながら話を交わした。何人かの労働者は「北朝鮮に家族がいたら、早く手紙を出して再会しなよ」とも言った。

会話は青いトレーニングウェアを着た北朝鮮の要員が外に出た途端、途絶えた。要員が記者一行の外見を注意深く見て、「同胞が来たぞ」と言うと、労働者らはこわばった表情で待合室に入っていった。

ここを通過して沿海州に行く北朝鮮の労働力がどれほど多いかは国境の境界地域でも実感することができた。同日午後、ハサン駅から北に40キロ離れたクラスキノの住宅建設現場でも、ウラジオストクから出稼ぎのため南に下ってきた北朝鮮の作業員4人がセメントをせわしく運ぶ姿が見えた。
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2007032093318
スポンサーサイト


国際時事・特亜本部 | 12:45:14 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。