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法律の大家?伊藤真「悪人にも自分の家を開放しましょう」運動提唱中?
第62回 非暴力抵抗の目的

(略)
領土としての国土の先に、守るべきものがある

 さて、従来から祖国防衛の目標としては、その国土を守ることが基本とされてきました。主権国家の存立の基礎として、領土、国民、権力の三要素が必要なのですから、当然でもあります。侵略戦争を仕掛けられたときに、国境を守り、領土の侵犯を許さないために自衛軍が組織されたわけです。

 ですが、ミサイルによる攻撃などから、最終的に守るべきものが、市民の生命、財産、そして自由で民主的な生活そのものだとしたら、仮に国土が侵害されたとしても、国民の生命、財産の被害を最小限にくいとめ、自由で民主的な体制を守ることができたなら、市民的防衛の目的は達成されたと考えることができるはずです。

 単に形式的に領土としての国土を守ることではなく、その先に本来守るべきものがあることをまず確認しておきたいと思います。もちろん、このことは領土を守らなくていいという意味ではありません。外敵による侵略の目的があくまでも単なる領土の形式的な支配ではなく、その場所を実効的に支配して利用しようとするものであるなら、そうした外敵の最終目的から日本の市民の生命、財産、そして自由で民主的な生活を守ることが最も重要だと考えているのです。

 たとえ、侵略と占領を阻止できなかったとしても、それは防衛目的を達成できず防衛行動が失敗に終わったと考える必要はないということです。占領されたことは全面的な敗北であり、あとは占領軍に従うしかないと考えるべきではないのです。

 攻撃されないようにさまざまな手を打ち、外交手段に訴え、非暴力による集団安全保障体制によって侵略を阻止するべきですが、仮に軍事侵攻されるような事態に至ったとしても、その時点で軍事的な反撃をするのではなく、占領されたことを前提に非暴力抵抗が始まるのです。いわば、軍事侵攻に対しては白旗をあげて、外敵が占領を始める段階から非暴力による抵抗を開始して、これを撃退しようというものです。

 したがって、まず前提として、軍事的な侵攻に対して白旗をああげることが敗北ではないと自覚することが必要となります。これはかなりの理性が必要となります。いわば侵略されることを前提とした防衛の議論ですから、いかにも敗北主義的であり、臆病者の態度のように見えてしまいます。最後まで徹底して闘うという一見勇ましい議論にひかれてしまいそうになる自分を抑制するためには知性と努力が必要です。

 そのためにも、最終目的は何かをしっかりと確認しておかなければならないのです。最終的に、日本の市民の生命、財産、そして自由で民主的な生活を守るためには、暴力に対して暴力で抵抗するのではなく、いったんは侵略を受け入れて、その後に非暴力抵抗運動を実践していくことが、もっとも勇気ある人間的な行動であるのみならず、もっとも目的適合的な行動であることを認識するべきだと思うのです。

 そしてその際の抵抗手段は、前回述べたように、武装レジスタンスやゲリラ行動であってはなりません。これらの暴力的方法は侵略側の弾圧に正当性を与えてしまい、市民の被害がより増大することになります。つまり目的適合的ではないからです。

「軍事力では攻撃を100%阻止できない」前提に立つ

 ただ、こうした議論の仕方に対して異議を唱える方もいるかもしれません。そもそも軍事侵攻それ自体をどう阻止するかが問題なのだという主張や、テロリストなどは日本を占領することが目的なのではなく、日本に一定のダメージを与えることだけで十分に目的を達成したと考えるのではないかという主張です。

 こうした主張の前提には、これらの攻撃から国民を守ること自体が防衛なのであり、その目的を達成できない以上、非暴力抵抗など意味がないという思いがあるように思います。ですが、そうでしょうか。

 何度も繰り返すようで恐縮なのですが、あくまでも最終目標は、日本の市民の生命、財産、そして自由で民主的な生活を守ることにあるはずです。それが、たとえばミサイル攻撃されたことによって、一定の被害を受けることはあるかもしれません。蓋然性はなくとも可能性はあるからです。ですが、それを軍事力によって100%防衛することが可能かといわれれば、不可能と答えざるを得ないでしょう。

 そして、軍備を増強することがかえって緊張関係を高めてしまい、攻撃の口実を与える危険を増大させることはこれまでも何度も述べてきたことです。つまり、テロとの闘いと言われる今日の世界では、軍事力によっては攻撃を100%阻止することはできないという前提に立つことが合理的だということです。そして、そこで生じうる損害を最小限にくい止めるための方法を考えようということです。

 軍隊を持った方が、攻撃される可能性を低くすることができるという抑止力としての軍隊という主張に対しては、これまでの議論の繰り返しになってしまうので、ここでは触れません。そうした議論を経てもなお、攻撃される可能性をゼロにできないのだから、そのときにどのように防衛するかが今のテーマであることを確認しておきましょう。

 また、テロリストなどは、日本に一定のダメージを与えることだけで十分に目的を達成したと考えるのではないかという主張に対しては、そのとおりだと考えるからこそ、テロの標的にならない国にすることがもっとも現実的な方法だと言ってきたのです。

 テロリストにとって、テロの標的として日本を攻撃する理由をなくせばいいだけのことです。アフガニスタンやイラクでの戦争に加担するまでの日本にはその実績があるのですから、これはけっして荒唐無稽で不可能な方法だとは思いません。
http://www.magazine9.jp/juku/062/062.php
長文ですので要点のみ抜粋しました。といってもこれでも長文だけど。
物好きな方気になる方は上記のアドレスへ。

個人的には、一端侵略を受け入れて(というか受け入れざるを得ない状況に追い込まれて)非暴力運動をやっているチベットが、今どういう状況にあるか、それを見ている上でこれ書いてるのか疑問です。※ちなみに引用元の上部に「080326UP」とあるので、2008年3月26日に書かれた物らしい。
こんな人が司法試験の帝王として、法曹界の権力者の一人なんだよねぇ。
こんな中で教育受けた中からろくな弁護士誕生しないのも当然か。
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テーマ:司法試験・資格試験・語学試験 - ジャンル:学問・文化・芸術

ぁゃιぃ文化人 | 23:43:49 | Trackback(0) | Comments(0)
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